帰ってきた彼

姿を消したのは一夜の夢だったかのように、僕はあのころと何も変わらない彼と話をしていた。慣れというのは恐ろしいものだ。彼は再び当たり前の存在に舞い戻った。

「今でもそれを転がしているし、それなりに好きだよ」という話を聞いた。昔の僕は少し気負い過ぎていたせいか、反射的にそれを否定してしまっていた。とはいえ僕も少しは大人になれたのかもしれない。「君が好きならいいと思うよ」。投げやりになったのではなくて、本心からそんな言葉が出た。

たぶん人は自分の姿を消してしまいたいと思うことがたまにあるのだろう。事情はいろいろあるかもしれないけど、そうしたければそうするしかない。これまでそこにいた人が翌日すっかり影も形もなくなってしまっても、僕たちはそれを受け入れる他ないのだ。

彼はそのことを悪びれる様子もなく、その必要もないと思わされた。僕は日本人の平均以上には自由に生きているという自負があったが、それでも自分にまとわりついている鎖の重さを再確認することになった。

なにはともあれ彼には姿を消すという実績ができた。以降はもうないのかもしれないけど、一度あったことなので二度目もあるかもしれない。きっとそのときも僕にはなにもできないのだろう。僕が彼の失踪から学んだのは、諦めるのは諦めないのと同じくらい重要であるということだ。

それでも彼は今ここにいる。僕は楽しくやれてるし、彼の気持ちはわからないが、再び姿を消すようなことはしばらくしないはずだ。しばらく経ってからのことはわからないが。けれど今が楽しくやれてるということはおそらく素晴らしいことなのだ。今を感じることができるのは今だけなのだから。